AMSS Memoirs
2020. 8. 8
AMSS Genomeグループ (3)
AMSS Genomeグループの第3回ミーティングで扱った議題や行われた議論,それを踏まえた考察をまとめる。
問題提起
芸術の存在意義に関する議論は絶えない(特にコロナウイルス含む疫病・災害等の非常時)。
目的
「情報」としての芸術をより深く理解するために,「情報」の本質を追究する。
メンバー
ゲノムと芸術の関係に興味があるメンバー
具体的な目標
・「生」および「死」を,生命現象における「情報」という観点から捉える。
・「生」および「死」について注目したいパラメータを明確にする。
・「生」および「死」にまつわるアートを創出するにあたり,上記のパラメータをいかに具現化するかを考える。
・創作に関わったメンバーたち自身,創作過程を経て「生」および「死」への理解を深める。
・今回創出した作品が,現代社会を生きる人間に対してどのような意義を持つかを考える。
今回は次の本を紹介した。
この本では,「生命とは何か」という問題提起に答える方法として,
1.「生物を創る」合成生物学のアプローチ
2. 芸術作品を通したさらなる問題提起
が紹介される。著者自身,バイオアートを創作している。
岩崎秀雄,Metamorphorest 岩崎秀雄,Culturing <Paper>cut
(http://www.komp.jp/09_12_21.html より引用) (https://j-mediaarts.jp/award/single/culturing-cut/ より引用)
合成生物学の基盤には,「創る」は「理解する」に密接に繋がっているという考え方がある。部品を組み合わせて細胞らしきものを創る 「ボトムアップ」側の試みと,既存の生物DNAを大幅に操作する「トップダウン」側の試みが行われてきた。最終的に「創る」ことを目指すのは,次のような特性を持った人工細胞である。
1. 自己増殖すること
2. 代謝機能を持つこと
3. 遺伝情報を持つこと
具体的には,脂質性の人工小胞の中で核酸の自己複製と膜分裂を起こすことを試みた四方哲也教授の研究や,特殊なリポソームとPCR反応を使って細胞分裂を実現した菅原正教授の研究などがある。
合成生物学をはじめとする科学分野においては「芯の通った・合目的性のある・秩序のある説明」をより好むという。そこには,物理における F=ma(運動方程式)のようなシンプルさをより美しいとする,いわば「生命美学」があるわけだ。
本著で触れられているように,岩崎氏が立ち上げた「細胞を創る研究会」ではメンバーそれぞれの関心によって作りたい細胞像が違っていたらしい。例えば,脳細胞の研究者は細胞同士のコミュニケーションを再現することに重きを置き,一方マイクロデバイス工学の研究者はとにかく動き回ることが生き物らしさだからそのような細胞を作りたがった。そこで,Genomeグループのメンバーにそれぞれの作りたい細胞を聞いてみた。そこで出た意見としては,
1. 動く細胞
2. 細胞間連絡を行うもの
3. 最終的には生命の3原則である遺伝情報・代謝能力・自己増殖機能を持つもの
などがある。この問いには必然的に「生命とは何か」という生物学者が追い求める究極の問題意識が関係するので,メンバー各々が何を持って生命らしいものとするかという解釈の違いは少しづつあったように思う。
また,「生命美学」の話題を踏まえて奥村が構想中の作品について議論を交わした(作品の写真は本稿の末尾にある)。
本作品は,燃やされた木のコンビネーションからなる構造物と,それに対比されたモニター上で延々とシミュレーションし続けるプログラムの2つからなる。
これは「生」と「死」の対比となっているが,対比を行うときに必要なのは同一のパラメータである。そのパラメータとは何か,というメンバーからの質問に対し,問われながら導き出された答えとして「質量感」というパラメータを設定した。作品の中で「死」を象徴する部分は,奥村の個人的体験に基づき質量を持って表現したいという出発点があった。ならば,「生」の方は質量を最大限に消して表現したらどうだろう?(最初からこのような思考回路だったのではなく、問われて考えてみると半分無意識でそのような対比を作っていたように思える。)これは,メタフィジカルな「重さ」を物理的「重さ」に変換すると「生」と「死」の「重さ」が逆転したという構造になっているようだ。
また,「死」に木材を使用したことについて,木という素材はもともと構造がしっかりしていて,この作品では構造的なものが必要なのでその選択は良さそうだという肯定的な意見があった。
さらに,粘菌の成長と首都圏主要道路の経路の一致の研究でイグノーベル賞を受賞した中垣博士の紹介もあった。これはミクロとマクロの対応,近年研究が盛んな自己組織化という興味深い現象の一つである。
奥村研太郎,司馬康