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2022. 4. 1

OIST リサーチインターンシップ ~身体性認知~ 

沖縄科学技術大学院大学のOISTの身体性認知科学ユニットにてリサーチインターンを行い、身体性認知や行為主体性について学びを深め、脳で触るプロジェクトとの関連を考察しました。

 2022年2月7日から3月29日まで、沖縄科学技術大学院大学(Okinawa Institute of Science and Technology Graduate University: 通称OIST)のOISTの身体性認知科学ユニット(Embodied Cognitive Science Unit)にてリサーチインターンを行い、身体性認知や行為主体性について学びを深めました。OIST は人材、施設、資金面、国際色の豊かさなど多くの面で恵まれた素晴らしい研究環境が整っています。身体性認知科学についてはこちらの記事をご覧ください。ここではOISTに関する基本的な情報や研究環境を記載します。(リサーチインターン生としてのインタビューはこちら)。

文責:小林香音(2021年度AMSS共同代表)

 1. OISTの概要

  沖縄科学技術大学院大学(Okinawa Institute of Science and Technology Graduate University: 通称OIST)は5年一貫制の大学院大学で、沖縄の振興と自立発展、世界の科学技術の発展に寄与することを目的として2012年に内閣府の主導で設立されました。緑と美しい海が目の前に広がる沖縄中部の恩納村に広大な敷地を持ち、2022年現在4つの研究棟に88のユニット(=研究室)に約200名の博士課程の学生が在籍しています。公用語は英語であり、教員も学生も共に約70 %は外国籍で、バックグラウンドが多様な人々で構成されるコミュニティになっています。人材の確保・施設の充実と共に、世界最高水準の教育研究を行うことを第一の目標とし、定期的に内閣府が学園の現状と今後の事業計画について検討会を開催しています。資金面に恵まれ豊かな研究環境が実現している理由として、日本政府からの潤沢な補助金の存在が挙げられます。実際2019年の収入(183億円)の約95%は内閣府からの資金であり、10年スパンの計画で研究棟の更なる拡張を目指すOISTに対して施設整備補助金が多くの割合を占めています。またハイトラストファンディングと呼ばれる制度により、革新的な研究をある程度自由にできる研究資金の提供と、最低5年に渡る継続支援も保障されています。


  約1500人の応募の中から毎年入学を許されるのは約60人と、非常に競争率が高い中で選抜された学生は皆意欲が高く、PI(Principal Investigator:研究室の主宰者) も、その分野を牽引するような一流の研究者が在籍しています。小規模ながら質の高い論文を量産する機関としてOISTが国内外から一気に注目を浴び知名度が高まったきっかけが、2019年のNature Indexです。研究機関の規模で正規化して質の高い論文数で世界の研究機関を比較したところ、世界9位にランクインしました(プレスリリースはこちら)。また2021年12月に発表された最新のNature Indexでも、論文数を標準化した指標において世界の10のトップ大学と比較して質の高い論文掲載数が最も多かったと報告されました。優秀な研究者たちが集い、全体で良い成果を収めてきた一方、研究者たちがオンとオフをはっきりさせながら伸び伸びと研究に励んでいるのもOISTの特徴です。また研究に専念できるような工夫が多くなされており、住居や生活費は支給され、医療、育児などの環境も整っています。OIST内外のコミュニケーションの豊さも魅力です。ユニットの垣根を越えた活発な交流があり、放課後には有志で部活動に参加することができ、国内外の研究施設との共同研究も盛んです。

  2. 応募の経緯&事前準備

  私は聴覚刺激を脳がどのように処理し認識するかに強く関心を持ち、特に聴覚刺激に対して脳が同期する現象に注目して本塾大学 精神・神経科学教室でレビュー論文を執筆してきました。さらに、AMSS運営として、芸術大生と共に、聴覚や視覚などの感覚間の相互作用を促進することを目指す作品を製作してきました。OISTの身体性認知科学ユニット(Embodied Cognitive Science Unit: ECSU)ではまさに相互作用や同期性をテーマに、知覚や認知における哲学的仮説を科学的に検証する試みをしている(図1)ことを知り、AMS学生プロジェクトで哲学と科学の繋がりを議論していた私にとって、プロの科学者と議論できアイデアを学べる機会は逃せないと応募を決めました。

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図1:OIST身体性認知科学ユニットが目指す試み

  論文の執筆や抄読会を通して今まで私が勉強してきたのは認知神経科学という、外界の情報の認識や学習や記憶をする際においての心のあり方と身体の生理反応と脳の働きの関連を見る学問です。今回OISTで学んだ身体性認知科学は、認知神経科学が得意とする、脳を情報処理の機械とみなすような計算論的理論に対する批判から発展してきた学問です。身体性認知科学が唱えるのは「認知は身体を用いて能動的に環境と相互作用することで生まれる」という説(図2)で、認知についての哲学的な議論を源流としています。今回のユニットでは身体性認知科学の仮説を、脳波や生理指標の測定を含めて神経科学的な手法で検証する試みをしていました。そのため、自分にとってはこのユニットにおいて議論は馴染み深いものがある一方で、全く新しく学ぶ概念もありました。

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図2:身体性認知科学概要(図1,2出典は小林作成スライド)

 3. OISTで寮生活

  OISTの学生や教職員は大学の敷地内に住むことができます。いくつか居住区がありますが、2021年夏にResearch Intern生専用の寮であるThe Gardensが完成しました(写真1,2)。奥に個人用の部屋が3つあり、私の滞在期間中は長期インターン生が1人住んでいました。キッチンとダイニングテーブルはルームメイトと共用で、食器、洗濯機、冷蔵庫、電子レンジ、掃除機が完備されています。トイレと浴槽は一人ずつの部屋にあります。寮は防音がしっかりしているため、ルームメイトの生活音ですら全く聞こえません。セキュリティは頑丈で、寮の部屋に入るにも鍵が必要ですし、個々の部屋にももちろん施錠できます。非常に綺麗な寮ですし、目の前には海が180度以上広がっています(写真3)。近くのビーチも徒歩10分ほどで行くことができます。

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写真1: ルームメイトと共用のキッチンとリビング。

1戸あたり3人の個人部屋がある(写真右奥と右手前)

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写真2: 個人の部屋。洗面所やトイレは個人の部屋の中にある。右奥と右手前)

 4. OISTの研究環境一般

  4つの研究棟の中に、ユニットの研究分野がうまく偏りすぎないように、かつ複数ユニットが共同で研究設備を使いやすいように工夫して配置されていました。また各ユニットの特色が強く、似た分野であっても違うアプローチをとっているユニットが複数存在しますが、テクニシャンさんがどちらのユニットにも勤務することもあるなど、風通しの良さを感じました。

  OIST内のコミュニケーションの豊富さは注目に値します。デスクはユニットごとに分かれているのではなく、複数のユニットのメンバー用のデスクが同じ部屋で大きな仕切りもなく配置されており(写真3)、ここから気軽なディスカッションが生まれていました。また研究棟はスペースに余裕を持って設計されていて、至る所に自由に作業できる共用スペースや個人用の部屋、黒板や白板があります(写真4,5)。それゆえ非常に容易に議論も、気軽な会話も、作業の集中も、気分転換も可能でした。昼食もインターン生や博士課程の学生が一緒に集まってとることが多く、そこでも多くの情報交換がありました(写真5)。とにかく自分から積極的にコミュニケーションをとることで世界が文字通り広がります。恐れずに皆の輪に入ることをお勧めします。

  メリハリのある働き方もOISTの大きな魅力の一つです。皆9-10時ごろに来て、18時にもなるとキャンパスに残っている人はごく少数です。休日も研究棟には入れはするものの、誰も来ていません。ここでは無理がある働き方をしている研究者は珍しい部類に入るそうです(申請書やthesisを書いている間は非常に忙しく、そのような場合は例外)。また、平日の勤務時間以外はOIST関連のメールやslackで誰も何も発信しなくなり、そういったところにもメリハリの良さが表れていると感じました。

  リサーチインターンとして全国から多くの医学部生も来ており、特に琉球大の研究室配属期間の医学部3年生は6人いました。OIST自体生徒の多様性をますます促進するために、今後も医学部生の受け入れを増やしたいとのことでした。

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写真3: 複数のユニットの合同ラボデスク

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写真4: 研究棟内の共用スペース

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写真5: 身体性認知科学ユニットの入口

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写真6: 昼食時は賑わう中庭

 5. 身体性認知科学ユニットでの学び

  初日にPIと話して参加したいプロジェクトを相談したのち、プロジェクトを担当するポスドクの元に行き、改めて自分がどのように貢献できるか相談しました。2.で前述した通り、身体性認知科学は心に関する哲学を扱う学問で、生物が身体を用いて能動的に環境と相互作用することで認知が生まれると説明します。これを実験で検証するための2 つのプロジェクトに関わり、研究者と議論することで学びを深めました。最初は現在行っている研究と一番近い論文を教えてもらい、それについて読んで質問することから始めました。興味ある分野をリードするポスドクたちから直接教えてもらうことができるという、非常に贅沢な機会に心が躍りました。

  まず、能動的探索の認知に対する影響を調べる Agency in Perception プロジェクト(図3)においては、一般の被験者を迎えてデータ取得を一人で行えるよう実験系の動かし方を学び、事後解析も行ないました。

  触覚を通じた二人の相互作用と同期性をテーマにした Perceptual Crossing Experiments(知覚交差実験)プロジェクト(図4)においては、最新の関連論文を読んでプレゼンテーション(図5)を行い、この論文のアイデアを参考に、本ユニットでの実験系をどのように改良できるか話し合いました。

  プレゼンテーション(図5)の内容を少し詳しく説明してみましょう。”距離が離れているもの”と”近くにあるもの”の知覚の違いを説明してみようという論文です。(Lenay, C. (2021).  Adaptive Behavior, 29(5),  485-503.  https://doi.org/10.1177/10597123211031016)。簡潔には、その違いの説明には「相互性(reciprocity)」という概念が鍵であると主張しています。

  例えばあるものを触れるとき、この触覚という知覚は、ものと触れる指の間に距離がないことから近位知覚と言えます。この時、私たちは触れ、同時に”ものに触れられる”、ということができます。一方で、遠位の知覚は必ずしも相互的なものではないのです。すなわち視覚において、私は、私を知覚している人を知覚することができますが、私を見ていない人を知覚することもできますね。このように、そして何か別の物体に注意を払う側であることと、知覚される側の物体であること、という2つの条件は、遠位にある場合は分離可能、近くにある場合は分離不可能と述べることができます(図6)。これを立証するために、仮想空間上で実験をしています(図6下)。仮想空間上で、2本の直線上で二人の被験者が動かす点の位置が重なるときにのみ振動の知覚があり、振動を頼りに互いの存在を知覚するという実験系です。

  必然的に、中心付近では点が重なるために常に2人が振動を感じ合っている状態になり、中心から離れると、点と点が交わらないように設計されているため、互いの存在に触れることができません。もっと専門的に言い換えると、中心付近では、知覚する身体(body)と、知覚される物体(被験者が動かす点の仮想空間上の位置)(body-object)は分離不可能で混ざり合っていますが、中心から離れると、両者は分離しており、両者が相互作用することは不可能です。

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図3: Agency in perceptionプロジェクトの概要 

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図4:知覚交差実験の概要

図5 ラボでの発表スライド(下にスクロール)

図6

図6: 知覚の相互作用においての遠位/近位知覚の違い (図4-6出典は作成スライド)

  そのほか、身体性認知科学ユニットが主催する PhD 生向けの週2回の講義に参加して、身体性認知科学の基本概念について身近な例を考えながら皆で議論することで学びを深めました。毎週の講義前に課題論文が与えられ、それに対して質問を何かしら考えることが宿題になっていて、それに対してポスドクやPIが回答する時間もありました。また、神経科学者のポスドクには神経生理指標や脳機能イメージングの基本概念や、最新の研究動向について詳しく質問し教わりました。その方がたまたま聴覚認知の専門家でいらしたこともあり、自分も総説論文執筆の上でわからなかったところをピンポイントで解説して頂けました。

  AMSSの脳で触るプロジェクトでは、視覚から”ゾワゾワ感”を感じさせることに取り組んでいます。作品上のどの要素が最も主観的な知覚報告と結びつくか調べるにはどうしたら良いか、ヒントを得てきました。

  そもそもゾワゾワ感とはなんでしょう。触覚とは違うものを指しているのではないかと感じます。手の機械受容器から受け取る振動覚でも触覚でもない。外受容器の感覚ではなく、いろんな記憶とか内受容感覚などの統合されたもっと高次の感覚のはずです。ASMRや脳で触るプロジェクトの作品など、映画や静止画を刺激とした人間の応答を調べるような研究では、行動指標(主観的なtingling度合い)生理指標−(+αでEEG)を組み合わせるのが良さそうで、特に作品自体の音響の物理的因子(テンポ,メロディetc)を定量化して、行動指標との関連を因子分析で見る段階がとても大事だと思います。因子分析の他に、音響の物理的因子と行動指標を見る方法としては心理学的測定法があり、目的に合わせて様々な方法があります。(出典: https://www.amazon.co.jp/音の評価のための心理学的測定法-音響テクノロジーシリーズ-難波-精一郎/dp/4339011045 )

音の心理学的測定法: 物理量-主観報告の相関

図7: 神経心理学的研究の手法(小林作図)

 6. 結語

   OIST は人材、施設、資金面、国際色の豊かさなど多くの面で恵まれている素晴らしい研究環境だと感じました。身体性認知科学ユニットは認知についての哲学的な考え方から、より神経科学的な議論まで、学びたかった観点が揃っていたユニットでした。最大限自ら学び、周りの研究者に細かく質問し議論に参加することで、実験のアイデアや論文だけでは得られない生の声を聞けたことは本当に貴重でかけがえのない経験になりました。哲学的な問いを検証するための科学実験の組み立て方や研究に様々な生理指標の測定法を学べたことは AMS 学生プロジェクトでの実験計画や私のレビュー論文に直接還元できました。ひいては医師として認知に関して認知神経科学の観点からもアプローチできたらと考えている私にとって大きな収穫になりました。

内容に関する質問はkanon.kk.kobayashi (@) keio.jp (@を削除ください)までご連絡ください。

​文責:慶應義塾大学医学部卒業 小林香音

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