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2022. 4. 1

音楽学グループ (1)

  音楽学グループのミーティングで「リズム」を扱った際の議題や行われた議論,それを踏まえた考察をまとめる。

 リズムは「音楽の三要素」の一つです。にもかかわらず音楽理論では軽視されてきた要素でもあります。おそらく,リズムが人間にとって直感的に理解しやすく,わざわざ理論化する必要性があまりなかったからなのでしょう。たしかにリズムは最も根源的な音楽要素の一つです。その証拠に伝統音楽のなかには(メロディーやコードの存在が希薄で)リズムのみで魅せるような楽曲がたくさん存在します。

​感覚的に理解されてしまっているリズムの心地よさをあえて目に見える形で表現することで,音楽の本質,ひいては人間の本質をも浮かび上がらせることができないかと我々は考えました。人間の直感を具現化しようと思ったら,武器となるのはやはり「科学」です。我々が生物学的・医学的な視点から行ったリズム分析の過程を,5つのテーマに分けて記しましょう。

1. リズムの発展

 音楽のリズムについて考えたければやはり音楽の歴史について考えざるを得ないでしょう。リズムが本当に音楽にとって本質的なものであるなら,リズムの歴史的変遷を追うことは避けては通れない道だと思います。

 今でこそ「ポップス」が音楽の一ジャンルとして確立しているものの,時代を経るごとに「ポップ」な音楽すなわち「ポップミュージック」は次々と姿を変えていきました。ヨーロッパの長い歴史のなかで育まれたクラシック音楽は,ポップミュージックの対極にあるものです。クラシック音楽はかつて,一部の人間だけがアクセスできる音楽でした。日常生活でアクセスできるにしても,それは宗教的な場所や歌い踊る社交の場など特殊な場面に限られました。一方,アメリカに目を転じてみると,アメリカが「新大陸」として注目されるようになった20世紀,たくさんのヨーロッパ人がアメリカに移住して新しい音楽を持ち込みました。それがポップミュージックです。クラシック音楽のように格式高い音楽ではなく,大衆が誰でも馴染めるような音楽です。一例として,「アメリカ合衆国第2の国歌」として有名な Irving Berlin(1888-1989)のGod Bless Americaを挙げましょう。

 その後,アメリカの音楽に転機が訪れます。アフリカから,労働力としてたくさんの黒人が連れてこられました。当時のポップミュージックは,いわばヨーロッパ由来の音楽であり,メロディーにしろリズムにしろアフリカ由来の音楽とは全然違うものでした。そこに,「黒人とは一緒にされたくない」という社会的偏見が加わって,白人の間に「黒人の音楽は認めない」という風潮が広まりました。

 「ブルース」という音楽ジャンルは,この風潮に対する黒人の怒りや苦しみを反映する形で生まれたものです。アフリカ由来の音楽を白人と同じ楽器で演奏する者が登場すると,彼らの音楽の魅力に気づく白人も現れ始めます。しかし,アメリカにおいて力を握っているのは白人の方であり,人口の差を考えても,白人の嗜好を覆すのは難しいことでした。逆に,この困難があるがゆえ,黒人の音楽は黒人の哀しみを代弁するものとして深化していったという見方もできるでしょう。

 ブルースは,ジャズとR&Bに分かれていきます。ジャズが楽器主体の音楽(インスト)であるなら,R&Bは歌もの主体の音楽です。ジャズは,ハーモニー面での変革もあって,より高度な音楽へと進化を遂げ,芸術的理解を要求するタイプの音楽となっていきました。対照的に,R&Bは様々な派生をしながら現代のポップミュージックに近い形になっていき,芸術の素養にかかわらず誰でも歌ったり踊ったりできる音楽となっていきました。その過程で,新しいリズムもたくさん生まれました。何より16ビートの誕生は非常に意義深く,現代の音楽に大きな影響を与えることになりました。ブラックミュージックの特徴はスウィング感ですが,16分音符にスウィングさせられるようになると,独特なグルーヴ感をもつリズムが幾多も作り出されました。R&Bすなわち「リズム&ブルース」という名にふさわしい進化を続けてきたのです。

 1960年代以降の音楽シーンでは,ブラックミュージックに白人の感性も反映されました。先述したジャズにおける「ハーモニー面での変革」というのは,実は白人のハーモニー体系と黒人のハーモニー体系(ブルーノートの多用など)のブレンディングのことです。このように白人と黒人の感性が混ざり合った背景には,アメリカが「人種のるつぼ」と言われるほど多様な民族から構成されている点を指摘できます。移民国家アメリカは,マイノリティーの音楽がどのジャンルに吸収されるかという点で様々な紆余曲折を経験し,それがジャズとR&Bの変遷に関与していたことは間違い無いでしょう。

 話をリズムに戻しましょう。先ほどの16ビートのレベルでのスウィングというのは,比較的大きなリズムの「ズレ」と言うことができるでしょう。それよりもっと小さなレベルのリズムの「ズレ」が音楽のグルーヴの感じ方を左右しているのではないかとも言われています。後者の「ズレ」をmicrotimingと言い,Davies, et al. (2013) では様々な音楽ジャンルのmicrotimingが比較されています (1)。驚くことに,microtimingがグルーヴ感を増すと報告している論文もあれば (2,3) グルーヴ感を減らすと報告している論文もあり (4),そこでDaviesらはmicrotimingのヴァリエーションを増やすことで実験の外的妥当性を高めようと試みました。結果として,ジャズではmicrotimingがグルーヴ感を増すのに対し,ジャズ以外の音楽(ファンクなど)ではその逆であることが示されました。ジャズとR&Bの系譜を引くファンクとの間でリズムの感じ方が異なるという結果は,先述のリズムの歴史を想起させるので非常に興味深いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 R&Bの文脈でmicrotimingの可能性を徹底的に模索したアーティストとして,D’Angelo を紹介します。D’Angeloが2000年に発表した Voodoo というアルバムは,それ以降のR&Bに決定的な影響を与えました。聴いていただければ分かりますが,このアルバムの曲はどれも「明らかにズレているな」と思う箇所があって,その塩梅があまりに絶妙なので聴けば聴くほどクセになっていきます。Davies, et al. (2013) を踏まえれば,クセになるかどうかは本アルバムがどの音楽ジャンルに位置づけられるのかといった「文脈」に左右されるはずです。「文脈」の内実を明らかにすることこそ,音楽神経学の役割ではないでしょうか。「文脈XでズレYを起こせば,人間は心地よく感じる」ということが言えたら面白いのですが,音楽研究の現状では「X」も「Y」もまだ具体的に指摘できていないという印象があります。今後の研究の進展が期待されます。

  ミーティング資料より(司馬作成)

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2. リズムの快

 第1節の最後で,「文脈XでズレYを起こせば,人間は心地よく感じる」ことをある程度の具体性をもって主張できるようになりたいと述べました。その先駆けとも言うべき論文を一つ紹介しましょう。Witek et al. (2017) は,中程度のシンコペーションが最も「動きたい気持ち」や「快感」をもたらすという結果を示しています (5)。この結果に対するWitekらの解釈は,こうです。シンコペーションの度合いが小さいと,「次の音がいつ来るのか」という予想が容易であり,その予想が裏切られることもないので面白さに欠ける。一方シンコペーションの度合いが大きいと,あまりに複雑なリズムパターンに困惑してしまいそもそも予想が立てられない。したがって,中程度のシンコペーションの「ちょうどいい」複雑さが、期待が発生するのに十分な予測可能性と,それが時として裏切られる心地よさを実現するのではないか。この考え方はダンス経験のあるメンバーにとってはとても納得がいくものだそうです。一方で,このような結果の解釈においては,リズムパターンが把握できるか否かという「認知」の問題と,リズムによって引き起こされる心地よさなどの「感情」の問題が混同されてしまっているという意見も出ました。たしかに,「シンコペーションをそもそも認知できないから当然の帰結として快も感じない」状況と「シンコペーションを認知した上でそれでも快を感じない」状況とでは,なんとなく頭の使い方が違いそうです。「認知」の側面「感情」の側面,そして「認知」と「感情」の相互作用の三つをそれぞれ調べられるような実験ができれば,また面白い結果が得られるかもしれません。

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  Witek et al. 2017 で使われた音源の例

Witek et al. 2014 で使われたものと同一)

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3. リズムと身体運動

 第2節で紹介したWitekらの論文は,シンコペーションと「動きたい」と感じる度合いの関係について研究したものでした。よってその被験者が物理的に身体を動かすことはありませんでした。一方で,Witek et al. (2014) はシンコペーションが実際の身体運動にどのような影響をもたらすのかを考察したものです (6)。被験者は低・中・高シンコペーションのドラムブレイクを聞いて,自由に身体を動かします。そして手と体幹に取り付けた加速度センサのデータからシンコペーションと身体運動の関係について分析しています。本研究では低・中程度のシンコペーションでは同程度にリズムと同期した運動ができるが高シンコペーションだと同期が難しくなるという結論が示されました。単純に「シンコペーションの度合いが高いほどシンクロが難しくなる」という負の相関関係が現れそうなものですが実際の結果は違ったようです。中程度のシンコペーションにおいては「動きたい気持ち」が最も強くなっているので(第2節参照)リズムにシンクロする難しさがうまく相殺されているのではないかとWitekらは分析していました。

 この結果と考察については,発表者から「ロジックとしては理解できるものの体感的に納得できるものなのか?」という疑問が提示されました。幸運にも,ミーティングにドラム経験者の方が参加してくださり,実験で使用されたリズムパターンをその場で演奏してもらいました。演奏を聴いてみたところ低・中シンコペーションの譜面の違いよりも中・高シンコペーションの譜面の違いが大きく感じられました。特に高シンコペーションのドラムブレイクは聴いても全くノレないほどの複雑さでこれならば実験結果もさもありなんという印象でした。シンコペーションの度合いに関するより良い指標を考える余地は残されていそうです。

 Witek et al. (2017) 同様, こちらの論文についても実験手法に関してメンバーから意見が寄せられました。例えば考察に用いている「加速度」のデータは各ドラマブレイクでの被験者の動きの加速度の平均であり,ドラムブレイク内での加速度の変化についての情報が抜け落ちてしまっています。また,論文内で用いられている SI(同期指数)は身体の動きとドラムブレイクのメインの拍子のシンクロに関する指数でした。それでは,ちょうどシンコペーションが起きている部分でそれに合わせた動きをした場合に(拍子とずれるので)SIの値は下がってしまうのか?という疑問も上がりました。

 

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  Witek et al. 2014 で使われた高シンコペーション寄りの音源

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4. リズム認知の神経基盤

 ところで,リズム感のある音楽を聴いて多くの人が「動きたい」と感じたり実際に踊ったりするのは,不思議なことではないでしょうか。一見,聴覚刺激と身体運動は無関係に思えるからです。たとえば味覚刺激で体を動かしたくなる人などほとんどいないでしょう。数ある感覚モダリティーのなかでも特に聴覚が身体運動に深く関係するのは,一体なぜなのでしょうか。この疑問を,神経科学の立場から考えてみることにします。

 

 まずは西洋音楽における「リズム」を具体的に定義するところから始めます。リズムは,❶拍 ❷拍子 ❸音価 ❹ズレ の4つが主な構成要素です。

 ❶と❷は明確に区別されるべきモノです。西洋音楽においては一定のビートが刻まれる曲が多く,そのビートの連なりを「拍」と呼びます。人間は流れてくるビートをすべて等価に扱っているわけではなく,たとえば4/4拍子の音楽であれば1拍目と3拍目を相対的に強く感じ,2拍目と4拍目は相対的に弱く感じる傾向があります。このように,周期的なビートに見出される強拍と弱拍の連なりを「拍子」と呼びます。

 現代の音楽は❸と❹に創意工夫を凝らした曲が多くなっています。第2節と第3節で扱ったシンコペーションは❸の認知なくして成立しませんし,第1節で扱ったmicrotimingは❹のミクロレベルの認知を要求します。シンコペーションや微細なズレが多用されるポピュラーミュージックを真に研究したければ,❸❹に関する理解も欠かせません。

  ミーティング資料より(小林作成)

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 音楽における「拍」に限らず,周期的かつ一定のビートは生物のいたるところに存在します。音楽を聴いているときの人間の脳も,周期的かつ一定の神経振動;neural oscillation を起こしています。このoscillationは,脳の様々な部位に分布する神経の活動に基づくことが分かっています。単一のニューロンから集合的なニューロン(≒神経回路)に至るまで多レベルの神経活動がoscillationを有し,もっとも大きなレベルでは視床と皮質を結ぶネットワークや皮質の異領域同士を結ぶネットワークがoscillationに寄与しています。興味深いのは,複数の周波数域のoscillationが存在するという点です (7)。それにより神経のoscillationには階層性があると考える研究者が一定数います。θ波やα波などの低周波振動は長距離(脳領域間)の相互作用に関係し,γ波などの高周波振動は局所的な神経相互作用に関係するとされ (8),さらに周波数間の相互作用もあると考えられています (9)。このような階層性に基づいて,脳は外界からの膨大な情報を選択的に処理しているのかもしれません。oscillationがもつ様々な周波数が特定の情報を呼び込むための「ゲート」として機能している可能性があるのです。この仮説の裏付けとして,皮質-皮質ネットワークに基盤をもつとされる特定のγ波が特徴量の結合に寄与するというエビデンス (10)や,視床-皮質ネットワークに基盤をもつ特定のα波が入力信号の調節や選択的注意に寄与するというエビデンス (11-13)があります。そう考えると,神経のoscillationは知覚や注意といった脳の重要な機能に本質的に関わっているのではないかという気がします。脳波研究のエビデンスがここまで蓄積されてくると,oscillationが他のもっと本質的な機構から副産物的に生まれてくるものだという見方は厳しくなってきます。

 さて,第2節・第3節で詳しく論じたように,リズムの認知と身体の運動には密接な関係があるようです。実際,拍の認知には,運動を司る脳領域が関与していることが示されています (14-18)。音に合わせて指をタップさせる実験(以下「タップ試験」)において,人間が好む音のリズムが,音無しで指をタップするときのリズムや歩くリズムと連動することも分かっています (19,20)。この結果は,自発的な身体運動のリズムが聴覚的リズムにも反映されていることを示唆します。

 Prokschらは,運動系が拍の認知に因果的に寄与することを説明できる理論を2つ取り上げています (21)。理論の説明に入る前に,「拍の認知」という行為をもっと具体的に解釈してみましょう。一般に,時間の認知には「絶対的な認知」と「相対的な認知」とがあるでしょう。音楽について言えば,「絶対的な認知」とは音の間隔の絶体的な長さを認知すること,「相対的な認知」とは拍などの規則的な基準に照らして相対的な時間感覚を認知すること,をそれぞれ指します。前者はあらゆる霊長類に普遍的な能力ですが,後者は霊長類のなかでもヒトに特異的な能力であり (22)「予測的な頭の働き」を要するとされています。すなわち,人間は音楽を聴きながら常にその背景にある拍を感じ取っていて,「次はこのタイミングで拍がくるはずだ」と「予測」し(「予測」という言葉遣いをしたのは拍に合わせて実際に音が鳴るとは限らないからです),それと照らし合わせながら各音の意味を捉えているのです。

 Prokschらが取り上げた2つの理論はどちらも,運動系が「相対的な認知」ないし「予測的な頭の使い方」の方に寄与することを主張するものです。1つ目の理論は,Patel と Iversenの主張するASAP仮説(The Action Simulation for Auditory Prediction hypothesis)です (23)。背側聴覚路がリズム認知における予測的な聴き方を可能にしていると彼らは考えています。その根拠として,背側聴覚路は運動を準備する脳領域と聴覚系脳領域を結びつける回路であること,霊長類のなかで特にヒトで発達している回路であることを挙げています。また別の理論として,Merchant と HoningはGAE仮説(Gradual Auditorimotor Evolution hypothesis)を提唱しました (22)。GAE仮説はASAP仮説と同じように背側聴覚路を重視していますが,それ以上にmCBGTという回路が強化されたことが人間の予測的な聴き方に貢献したと考えています。mCBGT回路は,運動に関わる点ではあらゆる霊長類に共通ですが,音楽リズム処理に関わるのはヒトだけです。したがって,mCBGT回路に注目すれば,「絶対的な認知」が霊長類に普遍的で「相対的な認知」がヒトに特異的であることを同時に説明できる可能性があるのです。進化の過程で,mCBGT回路がリズム処理もできるよう徐々に変化したと考えれば,ヒトと霊長類のリズム認知の違いを説明できるでしょう。

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  Proksch et al. 2020  より引用

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 なお,2つの理論は決して対立するものではなく,両立可能な理論です。それどころか,互いに相補的であり,両理論を組み合わせれば死角を小さくすることができます。ASAP仮説の利点は,拍の認知において,実際に身体を動かさないときでも運動を司る脳領域が活性化することを説明できる点です。ASAP仮説がフォーカスした背側聴覚路は,運動野そのものではなく,運動を司る脳領域と聴覚系脳領域をつなぐコネクターである点に注意してください。仮に身体を動かしていなくても,コネクターを介した信号の入力により運動関連の領域が活性化するということは十分ありうるでしょう。一方,GAE仮説の利点は,霊長類とヒトの違いを進化学的に妥当な形で説明できることです。このように,2つの理論は互いに異なる強みを有しており,両方の視点を生かしつつ研究を続けることでリズム認知の全貌に迫ることができるのではないかと思います。

 上で論じたように,リズム認知の神経基盤を探るうえで進化に注目することは重要です。他の哺乳類は,どのようにリズムを捉えているのでしょうか。次に示す動画は「動物版タップ試験」とも言えるものです。オウムとオットセイがリズムを認知しながら身体を動かすことができるのが分かります。

 

 

 

 

 

 

 


 

 少なくとも,周期的な身体運動を生み出すことや「拍」を抽出することについては,人間以外にも様々な哺乳動物が出来ることが分かっています。しかし「拍子」の抽出は人間に特異的な能力である可能性があります。「拍」から「拍子」を抽出するためには,階層構造の分類など高次元の情報処理が必要となるからです。 

5. 音楽のリズム解析

 よく言われることですが,芸術の評価基準はその時代の潮流により変化します。特に前衛的な作品が多い現代芸術は,古典芸術がいかに否定されてきたのかの歴史を知らないと鑑賞できないでしょう。音楽ではJohn Cageの作品4'33'',美術ではMarcel Duchampの作品Fontineに代表されるように,時代背景と切り離して独立に鑑賞するのが難しい作品は幾多もあります。そして,芸術作品はいわゆる「評論家」による評価によって存在価値を持つという面もあります。特殊な訓練を経験したり天才的な感性をもったりする表現者が創出するものは往々にして一般の鑑賞者には理解されず,その価値は評論家の評価にもっぱら依存してしまいます。ハン・ファン・メーヘレンのフェルメール贋作事件はその典型例でしょう。メーヘレンはフェルメールなど偉大な画家の作風を真似した贋作を作っては評論家を騙して高値で売りつけていました。メーヘレン自身が自分の作品が贋作であると暴露するやいなや,彼の作品は価値を失いました。結局,評論家による「これはフェルメールの作品で間違いない」というラベル付けがあったからこそ,メーヘレンの絵は高く評価されていたのです。神経科学領域でも,芸術鑑賞にこうした他者の視点が介在していることを示唆するエビデンスがあります。石津らは,多くの被験者によって美しいと評価された音楽と絵画において共通して活性化された脳領域が前頭眼窩野であることを明らかにしました (24)。前頭眼窩野は,他者の心を類推しているどうかを調べる「心の理論」課題で活性化することで知られる領域です。我々が作品を鑑賞するときには「この作品を他者はどのように感じるだろうか」という共感的視点が活性化していると考えられます。

 しかし,芸術作品は本当に社会的構築や他者による評価だけに左右されるものなのでしょうか。たとえば,メーヘレンがフェルメールを真似して作った絵画は,本当に贋作というだけで価値がなくなってしまうような作品なのでしょうか。ここではあえて,周辺的な要素に左右されず作品自体に備わる価値が存在することを,リズムの観点から主張してみようと思います。

 こちらでも触れたように,音楽は予測可能性と驚きのバランスが最適化されたときに心地よいと感じる傾向があります。神経科学の力を借りるまでもなく,著名な指揮者バーンスタインはそのことに気づいていました (25,26)。この予測可能性と驚きのバランスの背景に「音程」と「音量」の1/f 構造 (27) があるということが随分前から指摘されていました (28,29)。そこに付け加える形で,「(西洋音楽の)リズム」にも1/f構造が存在することを実証したのが Levitin et al. (2012) です。この研究が先行研究より優れている点は,作曲家間に系統的な1/f構造が見られることを示した点です。たとえば音程の1/f 構造を示したGTTM研究は,18世紀から20世紀にかけてのクラシック音楽に広く1/f構造が存在することは明らかにしたものの,作曲家間の違いまでは指摘できていませんでした (30)。一方Levitinらは,リズム解析の過程で,様々な作曲家の曲に共通して存在する1/f傾向を示すのみならず,各時代の作曲家に1/fのスペクトルの違いが系統的に見られることまで発見したのです (31)。ベートーヴェン・ハイドン・モーツァルトといった同じ音楽時代に属する作曲家(いわゆる「古典派」作曲家)には固有のスペクトル帯が認められました。逆に,異なる時代に属する作曲家の間にも似たリズム特徴があることが分かりました。たとえば,モンテヴェルディとジョプリンは,3世紀近くも離れた音楽時代の作曲家でありながら,同じようなスペクトルを持っていました。彼らは,従来の音楽理論において軽んじられてきたリズムにも音楽の普遍性と多様性を説明できる力があることを鮮やかに示したわけです

 本論文は,プロの音楽家によって演奏される「再現音楽」として営まれてきたクラシック音楽に対して,どのような意義を持つでしょうか。もし芸術作品が社会的構築や他者による評価だけに左右されるものだとしたら,クラシック音楽に備わる性質というのも演奏や知覚の過程で人為的に生み出されたものとして存在することになります。しかしLevitinらの功績により,演奏者や鑑賞者が介入するより前に,既に楽譜に書き起こされた作品それ自体に美的性質が宿っている可能性が見えてきました。Levitin自身の言葉を借りるならば,作曲家は周囲からの評価などおかまないなしに「1/fのリズムを作らずにはいられない」のかもしれない。1/f則が単に演奏の産物ではなく楽譜そのものに存在するという事実は,再現芸術ならではの疑問 ――「楽譜に忠実な演奏が “正しい演奏” なのか?」という疑問――を解決するヒントを与えてくれそうです。

 Levitinらは,西洋音楽のリズムに1/f傾向があることは人間の生体リズムに1/f傾向があることの現れであると考えています。作曲家は物理世界に存在するルールを内在化し,それを音楽として表出することで,音楽作品のリズムに自分自身のリズムを反映できるということです。(ただし,すべての音楽にそのような傾向があるとは限りません。Levitinらはあくまで,少なくともここ4世紀の西洋音楽が,1/f構造を知覚し作り出すという人間の感覚運動システムの基本的な性質に根ざしていると主張しているわけです。)我々のミーティングの原点となった「音楽の本質,ひいては人間の本質をも浮かび上がらせ」たいという思いは音楽のリズム解析のなかで結実するかもしれない。そのような希望を与えてくれる論文です。まずは我々の手で本論文の手法を再現し,将来的にはクラシック音楽に限らず幅広い音楽ジャンルにまで解析の手を伸ばしていきたいと思います。頭でっかちにならないように,解析結果を芸大生の直感とすり合わせることが重要になるでしょう。たとえば本論文は「ベートーヴェンのリズムは最も予測しやすくモーツァルトのリズムは最も予測しにくい」と論じていますが,これは果たして西洋音楽の専門家の感覚と合致するものなのでしょうか。もし合致しないとしたら,解析のどこに問題があったのでしょうか。医学生と芸大生が対話を重ねることは,科学的手法の妥当性を問うことに直結するはずです。

 予め断っておくと,Levitinらの手法をそのまま再現することには問題があると考えています。ミーティングのなかで挙がった問題点を最後にいくつか提示しておきましょう。

 

服部 麻凜, 司馬 康

註と参考文献

1. Davies, M., Madison, G., Silva, P., & Gouyon, F. (2013). The effect of microtiming deviations on the perception of groove in short rhythms. Music Perception, 30(5), 497–510.

2. Iyer, V. (2002). Embodied mind, situated cognition, and expressive microtiming in African-American music. Music Perception, 19, 387-414. 

3. Keil, C. (1995). The theory of participatory discrepancies: A progress report. Ethnomusicology, 39, 1-19. 

4. Madison, G., Gouyon, F., Ullen, K., & Hornstrom, K. (2011). Modeling the tendency for music to induce movement in humans: First correlations with low-level audio descriptors across music genres. Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, 37, 1578-1594. 

5. Witek, M. A. G., Popescu, T., Clarke, E. F., Hansen, M., Konvalinka, I., Kringelbach, M. L., and Vuust, P. (2017). Syncopation affects free body-movement in musical groove. Exp Brain Res. 2017 Apr;235(4):995-1005. 

6. Witek, M. A. G., Clarke, E. F., Wallentin, M., Kringelbach, M. L., and Vuust, P. (2014). Syncopation, Body-Movement and Pleasure in Groove Music. PLoS ONE 9(4): e94446.

7. Buzsáki, G., and Draguhn, A. (2004). Neuronal oscillations in cortical networks. Science 304, 1926–1929. 

8. von Stein, A., Chiang, C., and König, P. (2000). Top-down processing mediated by interareal synchronization. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 97, 14748–14753. 

9. Palva, S., and Palva, J. M. (2007). New vistas for alpha-frequency band oscillations. Trends Neurosci. 30, 150–158. 

10. Singer, W., and Gray, C. M. (1995). Visual feature integration and the temporal correlation hypothesis. Annu. Rev. Neurosci. 18, 555–586.  

11. Sauseng, P., Klimesch, W., Stadler, W., Schabus, M., Doppelmayr, M., Hanslmayr, S., Gruber, W. R., and Birbaumer, N. (2005). A shift of visual spatial attention is selectively associated with human EEG alpha activity. Eur. J. Neurosci. 22, 2917–2926. 

12. Kelly, S. P., Lalor, E. C., Reilly, R. B., and Foxe, J. J. (2006). Increases in alpha oscillatory power reflect an active retinotopic mechanism for distracter suppression during sustained visuospatial attention. J. Neurophysiol. 95, 3844–3851. 

13. Thut, G., Nietzel, A., Brandt, S. A., and Pascual-Leone, A. (2006). Alpha-band electroencephalographic activity over occipital cortex indexes visuospatial attention bias and predicts visual target detection. J. Neurosci. 26, 9494–9502. 

14. Grahn, J., and Brett, M. (2007). Rhythm and beat perception in motor areas of the brain. J. Cogn. Neurosci. 19, 893–906. 

15. Chen, J.L., Penhune, V.B., and Zatorre, R.J. (2008). Listening to musical rhythms recruits motor regions of the brain. Cereb. Cortex 18, 2844–2854.

16. Bengtsson, S.L., Ullén, F., Ehrsson, H.H., Hashimoto, T., Kito, T., Naito, E., Forssberg, H., and Sadato, N. (2009). Listening to rhythms activates motor and premotor cortices. Cortex 45, 62–71.

17. Chapin, H., Zanto, T., Jantzen, K., Kelso, S., Steinberg, F., and Large, E.W. (2010). Neural responses to complex auditory rhythms: the role of attending. Front. Psychol. 1. 

18. Merchant, H., Grahn, J., Trainor, L., Rohrmeier, M., and Fitch, W.T. (2015). Finding the beat: a neural perspective across humans and non-human primates. Phil. Trans. R. Soc. B 370, 20140093.

19.Drake, C., Penel, A., and Bigand, E. (2000). Tapping in time with mechanically and expressively performed music. Music Percept.: Interdiscip. J. 18, 1–23.

20. McAuley, J.D., Jones, M.R., Holub, S., Johnston, H.M., and Miller, N.S. (2006). The time of our lives: life span development of timing and event tracking. J. Exp. Psychol. Gen. 135. 

21. Proksch, S., Comstock, D. C., Médé, B., Pabst, A., and Balasubramaniam, R. (2020). Motor and Predictive Processes in Auditory Beat and Rhythm Perception. Front. Hum. Neurosci. 14:578546.

22. Merchant, H., and Honing, H. (2014). Are non-human primates capable of rhythmic entrainment? Evidence for the gradual audiomotor evolution hypothesis. Front. Neurosci. 7:274.

23. Patel, A. D., and Iversen, J. R. (2014). The evolutionary neuroscience of musical beat perception: the Action Simulation for Auditory Prediction (ASAP) hypothesis. Front. Syst. Neurosci. 8:57.

24. Ishizu, T., and Zeki, S. (2011). Toward a brain-based theory of beauty. PLoS one, 6(7), e21852.

25. Berstein, L. (1959). The Joy of Music. Simon and Schuter, New York.

26. Bernstein, L. (1976). The Unanswered Question: Six Talks at Harvard (The Charles Eliot Norton Lectures). Harvard  Univ Press. Cambridge, MA.

27. 「1/f則が成り立つ状態」では,スペクトル密度が周波数 (f) に反比例する変動幅をもつ。生物の神経細胞の発火の間隔が1/f則に従っていることが発見されて以来,生物の生体リズムが1/f則に基づいていると考える研究者は多い。これを認めるならば,「人間が1/f則に従っている音楽に美を感じやすいのは音刺激が生体リズムと同期するからだ」というような説明もできるのかもしれない。

28. Hsü, K.J. and Hsü, A.J. Fractal geometry of music. Proc Natl Acad Sci USA. 1990 Feb 1;87(3):938-41. 

29. Hsü, K.J. and Hsü, A. Self-similarity of the "1/f noise" called music. Proc Natl Acad Sci USA. 1991 Apr 15;88(8):3507-9.

30. Lerdahl, F. and Jackendoff, R. A Generative Theory of Tonal Music. MIT, Cambridge, Mass.

31. Levitin DJ, Chordia P, Menon V. Musical rhythm spectra from Bach to Joplin obey a 1/f power law. Proc Natl Acad Sci USA. 2012 Mar 6;109(10):3716-20.

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  ミーティング資料より(司馬作成)

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