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​特別講義「無生物から生物へ」

2023年2月18日  教育  

西川伸一先生(京都大学名誉教授、オール・アバウト・サイエンス・ジャパン代表理事)に、「無生物から生物が生まれる過程を構想する」と題して、ご講義下さりました。当日は、栗原裕基先生のご研究室のセミナー室をお借りして、実地およびZoomのハイブリッド形式にて開催し、約20名の方にご参加いただきました。ご講義の後は質疑応答の時間がもたれ、活発な議論が行われました。

​  講義を担当したメンバーによるレポート

"​無生物から生物が生まれる
その過程を構想する"

生物は情報・目的を持っている点で無生物とは異なる。今回のご講義を通して、Abiogenesisの観点から、生物がRNAというシンボルを獲得することで繰り返し安定して必要な物質を作り自己の秩序を保つことができることを学んだ。地球は多くの年月をかけながら無機物からRNAというシンボルを生み出したが、人間自身もまた言葉などのシンボルを生み出した。また、言葉だけでなく音楽や絵画などの芸術も、人それぞれ解釈の仕方は違うが、色や音の配列が感情を惹起するという点では、各々にとってのシンボルといえるかもしれない。

医学や芸術の切り口から人間・真理・理想を追求するAMSSのメンバーにとって、今回のご講義はAbiogenesisに関する学びを深められただけでなく、今後の活動やアイデアをさらに充実させる非常に素晴らしい契機となった。

西川先生、このような貴重な機会を設けてくださり、心より感謝申し上げます。

 

以下、ご講義の内容について報告する。

 

西川先生は、無生物から生物ができる過程を、6つのステップを通して説明なさった。6つのステップとは、(1)熱力学第二法則に逆らう独立系、(2)有機物の誕生、(3)有機高分子と化学ネットワークの誕生、(4)情報高分子の誕生(インデックス情報誕生)、(5)シンボル情報の誕生、(6)進化、である。

 

熱力学第二法則とは、孤立系ではエントロピーが増大し秩序はいずれ消滅する、という物理学の法則である。熱は冷たいものから熱いものへと移動しないし、物は朽ちていく。しかし、生命は自身の秩序(組織)を保つことができ、熱力学第二法則に逆らっている。物理学的な世界(Homodynamics)において、秩序を保つためにポイントとなるのが、持続的なエネルギーの供給と制約であり、これらが揃うことで散逸構造(Morphodynamics)が生まれる。例えば、川(水の流れが供給され続ける)に岩などの水の流れをさまたげるもの(制約)があると、渦(散逸構造)ができる。生命という組織化されたものが成立するためには、渦と同様に、エネルギーの持続的な供給と制約が必要である。エネルギーの持続的な供給と制約の両方を兼ね備えており、生命誕生の場と考えられているのが、熱水噴出孔である。熱水噴出孔では、熱水及び、炭酸ガス、水素、窒素、熱、ミネラルといった物質が存在し続けている。また、マイクロセルという構造や、分子同士の相互作用(反応)などの制約が存在する。実際に、熱水噴出孔で無機物のみからメタンやアセトンが合成されていることが示されている。合成された有機物同士はさらに相互作用しあい、アミノ酸や脂質、核酸など様々な有機化合物が誕生した。さらに、(偶然に)反応によって生じた有機物が、それ自身、他のものの反応を触媒して違う反応を作る(Hypercycle)ことで、同じことを繰り返す(複製する)システムを作ることができる。例えば、コンビナトリアル化学の分野で、Ottoらが発見した有機分子構造(Ottoの複製子)は、Hypercycle機能を持ち自己複製することができる。Ottoの複製子(オリゴペプチドの六量体)は、六量体同士で重合し、ある一定数の重合度に達するとシアーストレス(制約)によって分解し、また分解した一部の六量体重合体をもとに一定の重合度まで重合していく。こうして、六量体の供給が持続する限り、ある一定の重合度の六量体重合体が複製される。このように、ある性質を持った分子の持続的な供給と環境条件(制約)によって、ある分子を繰り返し生成する系が生じ、環境に応じて分子が増えるのかという情報(teleodynamics)が誕生したことになる。生物においては、RNAを介してランダムに起こっている有機合成反応を確実に安定して繰り返し行うことが可能になった。RNAの情報機能に関して、パースの3つの記号定義(イコン、インデックス、シンボル)を生命誕生に当てはめて考えてみる。まず、塩基の配列はイコン(類似)記号であるが、情報ではない。次に、塩基配列が鋳型という情報として解釈されるようになると、インデックス(指標)記号となる。最後に、tRNAによって、ある特定の塩基配列がアミノ酸配列に読み替えられるようになると、シンボル(象徴)記号となる。生物は、核酸がイコン記号からシンボル記号へと進化したことで、Ottoの複製子よりも確実に、環境に作用されずに複製を繰り返すことが可能となったのだ。 以上が、有機物から始まりシンボル情報にいたるまで、生命誕生過程の現時点での科学的な説明である。

 

 

お忙しい中、Abiogenesisという奥深く難解な分野を、学生のためにとても分かりやすくご講義くださり、改めて深く御礼申し上げます。

​東京大学医学部医学科6年 小倉彩加

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