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AMSS Memoirs

2020. 6. 28

AMSS 音楽療法 (2)

  AMSS 音楽療法グループのミーティングで扱った議題や行われた議論,それを踏まえた考察をまとめる。

AMSS 音楽療法ミーティング第2回目

問題提起

小児精神医療の療育における芸術療法の役割について探求する場は少ない

 

目的

小児精神医療の療育おけるアートの役割を理論的・実践的に研究する。
とくに小児自閉症の病態・症状に基づいた療育のアートの方法を考案する。
​そのために小児自閉症についての理解と学びを深める。

 

メンバー

小児精神医療の療育の理論と実践に興味があるメンバー、小児自閉症について理解を深めたいメンバー

 

話し合いの要点

・ASD(Autism Spectrum Disorder;自閉スペクトラム症)の症状の多様性(具体的に)を学んだ。
・ASDに対する介入方法を学んだ。
・ASDに対する研究の最新の知見をまとめた。
・ASDの病態生理について理解を深めた

次回以降の目標

・既存の療育アートにどのようなものがあるか調べて発表する。

現在の音楽療法士育成の教育と、音楽療法士の専門性について学び、理解を深める。

音楽療法士の教育や音楽療法の実践において改善のための問題提起を行う。

ASDの症状について
DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル;Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)による診断基準では、ASD(Autism Spectrum Disorder)では

 ①社会的コミュニケーション、対人的相互反応に欠陥

 ②行動、興味、または活動の限定された反復的な様式が2つ以上ある

 (反復的な運動、固執、こだわり、限定された興味、感覚刺激に対する過敏さor鈍感さなど)
  ③発達早期から1,2の症状が存在

  ④発達に応じた対人関係や学業的・職業的な機能の障害

  ⑤これらの障害が、知的障害や全般性発達遅延ではうまく説明されない

が観察されることを定義としている。


重症から軽症まで症状の重さは様々である。

①においては、両親を含む全ての人と対人的情緒関係を持てず、例として「抱き上げられても喜ばない」「会話中に相手と視線を合わせない」「相手の話したことをおうむ返しにする」などが見られることもある。②においては、偏食、感覚の過敏/鈍感も見られることがあることがある。(岸本年史(監修),高橋茂樹(著)『Simple Step精神科』海馬書房, 2018)

ASD児に対する接し方のコツについて
・個人差が大きいので、ひとりひとりに合った接し方を見つけることが重要

・ASD児の独特の理解の仕方や受け止め方を受容する

・短い言葉or視覚的な手段で説明する
・小さな「良いこと」を褒め、「よくないこと」はスルーする
・本人が不安であることを理解する

 

ASDに対する介入について
ASDに対しては長期にわたる包括的な療育的な介入が必要であり、子どもの年齢や個々のニーズによって対応や支援を柔軟に変えていく必要がある。マネジメントの大きな目標としては、

 ・能力を最大限引き出し、自立を促すこと

 ・的能力、意思伝達能力、適応能力を向上させること

 ・社会適応の妨げになる症状や問題行動の改善

 ・自分自身の得意・不得意なことを知り、困難な状況に対処するスキルの獲得 
がある。

*ASDに対する介入の概要
ASDの中核症状(コミュニケーションの欠陥、限局した興味/行動)に対しては行動・教育的介入を行い、周辺症状や随伴症状に対しては薬物的介入が可能である。その他、様々な種類の補完代替療法が存在し、音楽療法もその一つであると位置付けられている。


*ASDに対する補完代替療法について
補完代替療法​は特に重症のASD児を持つ家庭や、他の介入方法を模索する家庭から、大きなニーズがある。しかし数多くの補完代替療法の中には医学的に効果がないと証明されたもの、リスクが高く推奨されないものも含まれており、医療者側が正しい知識を持っている必要がある。

リスクが少なく、潜在的に効果がある可能性があると認められている療法には、音楽療法、メラトニンの処方(睡眠障害に対して)、オキシトシンの経鼻的投与、乗馬療法、TMS(経頭蓋磁気刺激)、ヨガ、ペットセラピーなどが存在する。

*音楽療法の既存の研究結果
音楽療法が実践されている基になっている仮説としては、「音楽の即興で起こるプロセス(非言語・前言語的)は、ASDでコミュニケーションスキルと社会的相互作用の能力を上げるのに役立つ可能性がある」というものがある。
2014年に発表された自閉症に対する音楽療法のレビュー論文(1)
によると、10のランダム化比較試験(参加者165人)において、placebo therapy(音楽療法にできるだけ状況を近づけるが、音楽を使用しない介入方法)、介入なし、標準治療のみ、音楽療法+標準治療で比較した場合に、音楽療法では、社会性(3研究)、非言語コミュニケーション能力(5研究)、社会的感情の互酬性(1研究)、喜び(1研究)、親子関係の質(2研究)が改善したと報告された。しかし、既存の音楽療法の研究に対する問題点もいくつか指摘されており、まとめると以下の改善点が指摘されている。


①実用的な研究を行うこと
 : 
初期の研究は全ての要素に指示が細かく、柔軟性に欠けていたため、より柔軟な介入をし、普通の条件下で音楽療法の

   研究を行う必要がある
②サンプル数を十分に取ること

音楽療法のタイプ間の比較を行うこと

④研究間で同じ評価スケールを用いること

⑤長期の評価を行うこと
 :ランダム化試験では資金が限られていたために早期に中止されたが、音楽療法の効果は長期的な結果として現れる可能性

  がある。また、どの程度の期間効果が続くかも明らかにしたい。

​最新の研究として、2018年に行われた、音楽療法の効果を定量的に調べた論文を紹介した(2)。Sharda.Mらによると、6-12歳のASD児51人に対し、8~12週間の音楽介入(n=26)と非音楽介入(n=25)で比較し、介入前と介入後にコミュニケーション能力の改善の度合いと、脳神経ネットワークの機能的接続性を評価した(安静時fMRIによる)。その結果、音楽療法群ではコミュニケーション能力が改善したと同時に、ASDにおける脳領域間の神経同士の接続性の異常が改善した。(感覚系(視覚ー聴覚)の脳領域間の過剰接続が改善し、前頭側頭葉ー運動野ー基底核の過少接続が改善した。)

このように、今後の音楽療法の研究では従来の研究の問題点を踏まえて方法を厳密にして研究すること(評価スケール、n数、介入期間、実用的な介入、定量性の観点)が必要であること、音楽療法自体が行動教育的介入の知見や療育アートの開発と組み合わせてより良いものに改善できる可能性があることを確認した。

*以上を踏まえた議論

 音楽療法の定量的研究(多施設実施)について、音楽療法士の質のばらつきが難しいと感じる。特に即興音楽での音楽療法による介入ですとかなり技術力を要するので、難しさがある。

 


1. Geretsegger, M., Elefant, C., Mössler, K. A., & Gold, C. (2014). Music therapy for people with autism spectrum disorder. Cochrane Database of Systematic Reviews, 2014, Issue 6. Art. No.: CD004381. DOI: 10.1002/14651858.CD004381.pub3.

2. Sharda, M., Tuerk, C., Chowdhury, R., Jarney, K., Foster, N., Custo-Blanch, M., Tan, M., Nadig, A., and Hyde, K. (2018). Music improves  social communication and auditory-motor connectivity in children with autism. Translational Psychiatry, 8:231.

ASDに対する介入方法の最新の知見-オキシトシン-
 オキシトシンは脳の下垂体後葉から分泌されるホルモンであり、動物では、親子の絆を形成する上で重要だと知られている。

従来より、子宮平滑筋収縮作用を介した分娩促進や乳腺の筋線維を収縮させる作用を介した乳汁分泌促進作用が知られていた一方 で男女を問わず脳内にも多くのオキシトシン受容体が分布している。
 自閉スペクトラム症における対人コミュニケーションの障害に対しての治療薬として、オキシトシン経鼻スプレーを用いた研究がある(2014 Aoki Brain)。その結果、オキシトシンの1回の経鼻投与によって他者の感情を理解する方法やその際の脳活動などが改善したと報告された。さらに 6週間の連続投与を行なったところ、対人場面での相互作用の障害改善が有意に認められ、内側前頭前の機能も改善したという研究結果も存在する。(2015 Watanabe Brain : a journal of neurology)。ここでは、脳機能の改善が強い参加者ほど中核症状の改善効果も強く認められた。
 別の研究では(2019 Owada Brain)、被験者が面接者と決まった対人的なやりとりを行う様子を撮影した動画から、表情の定量解析を行ったところ、中立表情(特定の感情に分類されない表情)の時間が減り、表情が変化しやすくなったことが報告された。投与開始2週間後に認められた改善効果が4週後、6週後には弱まった。一方で、6週間の投与を終了した後さらに2週間経つと、改善効果は再び強くなった。
 このように、オキシトシン経鼻投与による自閉症症状の改善効果があるということが示唆されつつあるものの、効果・治療の継続性に関してはまだ検討段階である​。

 


ASDと感情障害

 ASDでは一部の患者に感情障害が見られる。音楽を用いてASDに介入する場合,ASDの感情発生プロセスを理解する必要がある。なぜなら,音楽ほど人間の感情に直結する営みはないからだ。

 さて,まずは「感情」とは何かというところから始めなければならない。多くの人は,「感情」が❶脳だけによって生み出されたもの ❷自分が経験した事象から受動的に生み出されたもの だと勘違いしている。しかし,最近の研究で分かってきたのは,内臓から送られてくる信号から脳がその原因(内臓状態やその状態を引き起こした外界の原因)を推論した結果が「感情」である,ということである。したがって「感情」は,❶脳だけというより,内臓と脳の関わりの中で生み出されるものであり ❷脳が内臓の状態や原因を能動的に予測・推論するという能動的なプロセスを内包したものなのだ。

 内臓から送られてくる信号のことを「内受容感覚」と呼ぶ。言葉の定義が分かりづらいと思われるので,人間の諸感覚を以下に整理しておこう。

 

 なお,このような「感情」の定義に則ると,音楽との接点が薄いように感じてしまう人もいるかもしれない。というのは,一見したところ音楽の聴取に内臓含む身体反応が関わるようには思えないからである。しかしそれは大きな誤解である。こちらでも触れているように,音楽により惹起される感情のうち身体反応が果たす役割は非常に大きい。

 さて,「感情」と「身体反応」の関わりを明確に指摘したのはDamasioである。彼は「感情」と「情動」を区別することが重要だと考えた。この用語法においては,「情動」とはすなわち「身体反応」の情報に他ならない

 有名な吊り橋実験(Dutton & Aron 1974)も,この2つから説明できる。彼らは渓谷にかかる揺れる吊り橋と揺れない吊り橋の2箇所で実験を行った。どちらの吊り橋でも橋の中央で若い女性がアンケートを求めて話しかけるのだが,その際,結果などに関心があるなら後日電話をしてください,と電話番号を教えた。その結果,揺れない橋の方からはほとんど電話がなかったが,揺れる吊り橋の参加者からはほとんど電話がかかってきた。これは,揺れる橋での緊張感(動悸,手汗など)という「情動」に,自分の目の前に若い女性がいたという外因の推論が加わることで,恋愛「感情」につながった,という風に解釈できる。

 「情動」は,科学研究の歴史の中で,非理性的ゆえに受け入れがたいものと捉えられてきたが,「身体反応」という視点で考えれば,それはむしろ生物が無意識に管理している生物学的価値があるものとして,大変興味深い研究対象となる。その証拠に,「情動」は「報酬・罰」とも密接に関わる。両者の違いは,「情動」が「報酬・罰」-あるいは「衝動」と言ってもよい-よりも一歩進んだ段階であるということだ。そして,無意識反応である「情動」は,意識的な熟考を伴う「理性」とともに,生命の管理という目標を達成している。だからこそ「情動」は後天的に学ぶものではなく遺伝子によって定められた先天的能力なのである。

 さて,いよいよASDと関係が深い「内受容感覚」を掘り下げていく。

 先述のように「情動」とは身体の生理的反応のことであるから,的刺激のみならず内臓などの的反応も含むということが重要だ。簡単な例で言えば,心臓の発作が起きる際,人間は心筋梗塞の発生から大きな痛みを感じた時点で大きな恐れを感じるだろう。これは体で発生している何かに対して恐怖を感じている例である。それでは,「内受容感覚」の信号としての「情動」は,どのように「感情」に繋がっていくのだろうか。

 

 上図のように,内臓運動皮質(前帯状皮質,眼窩前頭皮質)から,内受容感覚のフィードバックを予測する予測信号が発せられる。この予測信号と実際の感覚フィードバックが前島で比較されると考えられているが,この予測信号こそが感情を構成する重要な一つの要因となる。予測誤差が小さいと内臓状態がよく予測できている(理解できている)ことになる。セスらは,さらに,前島から予測誤差を内臓運動皮質に送り内臓制御を調整すると考えている(Seth et al. 2012)。このように前島は比較器かつ予測誤差モジュールとして働くのだ。前島においては内受容信号だけでなく視覚・聴覚・触覚といった様々な感覚が統合され(多感覚統合),対象に対する「感情」が生じるのではないかとも言われている(Barrett & Simmons 2015)。

 ニューロンのレベルでも研究が進んでいる。前島-前帯状皮質の結合が VEN(フォン・エコノモ・ニューロン)によって媒介されていると示唆したのが Craig 2009であり,さらに Critchley & Seth 2012 は,予測誤差による予測の素早い修正に VEN が重要な役割を果たしている可能性を示唆している。これらは,先ほど述べた前島の機能を裏付ける研究結果である。Gu et al. 2013の説では,前島は前帯状皮質または前頭前野から来る内受容信号の予測信号と実際の内受容信号を受け取り,予測誤差が大きいと感情の気づきが生じるという。逆に前島障害によってVENが障害され,その結果感情の気づきが低下することも知られている。

 

 しかもDamasioらの研究で分かったのは,感情を生じる部位が(前島含む)大脳皮質のみではない,ということだ。実は島を損傷した患者や大脳皮質がない患者(水無脳症など)であっても,感情を持っているということが分かった。この結果からDamasioは,感情を体系づける脳部位には二つのレベルがあり,一つは島レベル,もう一つは脳幹レベルであると考えた。次の図は脳幹レベルで孤束核・中脳水道灰白質・視床下部といったモジュールがどのように結合しているかを示したものである。これらが島レベルでの感情生起とも相互作用しているとされる。

​ したがってASDの感情障害では,以上の機構のどこかに不具合が生じていると考えられる。それを裏付ける研究を列挙しよう。

 心拍追跡課題を使用した内受容感覚の精度の測定を行った研究では,ASDは内受容感覚の精度を客観的に測定すると低いが,主観的な内受容感覚に関して質問紙で回答を求めると比較的高い値を示す(Garfinkel et al. 2016)。主観的な評価は彼らの内受容感覚に対する信念であり,内受容感覚の自己評価である。その結果,ASDでは主観値と客観値の差(ITPE;内受容性特性予測誤差)が大きく,共感指数EQと負の相関を示した。すなわち,ITPEが低いほど共感指数は高いのである。ASDは,内受容精度が低いために,心拍追跡課題で注意を払っても内受容の精度を高めることができないのだろう。

 また,前節で触れたように,オキシトシンがASDの社会的行動を促進するということが言われているが,オキシトシンを内受容という視点で見れば別の効果もある。自己受容感覚における予測誤差はドーパミンによって,内受容感覚における予測誤差はオキシトシンによって強く抑制されると考えられている(Quattrocki & Friston 2014)。内受容感覚の予測誤差を抑制することは,内受容感覚の精度を低下させ,注意を払わなくなることにつながる。おそらく,内受容感覚の予測誤差を抑制することにより,自己から離れて注意を外部へと向けることになるのだろう。別の見方をすると,内受容感覚から注意をそらすことによって,接近行動が促進されるとも言える。逆に,内受容感覚の減衰に障害が生じた場合には,ASDのように社会的行動が低下し,孤立した状態になる傾向が強くなるだろう。事実,サルを親から離して育てるとオキシトシンのレベルが低下し,孤立を好むようになり常同行動の増加が見られる(Winslow et al. 2003)。

 ここから,ASDにおいて「感情」が「注意」や「意思決定」に影響を及ぼすことも示唆される。内受容感覚という観点を設定することで,ASDの多岐にわたる症状を包括的に説明できる可能性がある。

 以上がASDの感情障害の概説となるが,これを踏まえて音楽療法の効用を考えるとなると,音楽がここまで述べてきた機構とある程度同じ神経基盤を共有していることが必要となる。音楽研究の中で,報酬回路の役割はかなり研究が盛んになってきたが,感情・情動との関わりまで広げるとなると研究はまだ進んでいない印象を受ける。しかし関連を見出せる領域も多い。たとえば先述のGuらの主張は,音楽の聴取時に予測の裏切りによりプラスの感情に気づくという観察事実の補強にもなっている。また,感情が脳幹レベルでも生じているという話は,聴覚信号が蝸牛神経核(CN)・前庭神経核(VN)などの脳幹神経核に入力することと結びつけて議論を進めることができるかもしれない。今のところ分かっている,音楽に対する自律神経反応等を規定する神経回路は次の通りである。CNやVNが脳幹に存在し,様々な脳部位と結合していることが分かるだろう。

 

 

 

 

 

そして,ASDが内受容感覚に気を取られすぎているという説が正しければ,音楽を利用して注意を逸らすというのも有効な手段と言える。ただでさえASDは消化器症状が広く見られる(Margolis et al. 2018)ので,音楽療法により消化器症状の睡眠への悪影響などを軽減できる可能性がある。

小林香音,司馬康

感覚の分類.png
スクリーンショット 2020-08-08 15.34.12.png
感情と情動.png
脳幹レベルでの感情回路.png
         (Damasio講演(2010) より抜粋)
音楽の処理回路.png
                  (Koelsch 2014 より抜粋)
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