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​音楽学グループ

人間が音楽に感じる「快」「心地よさ」を神経科学的に裏付けたいという思いから始まった、音楽理論と神経科学を融合するプロジェクト。旋律や和音進行に伴う「意外性」「不確実性」といった概念を認知神経科学的・情報理論的なモデルを使って理解しつつ、経験知として語られてきた音楽理論に科学的根拠を与えようと試みてきた。現在は、リズムなどの音楽的構造が生理的反応や感情を惹起する仕組みや、近年興隆する電子音や電子音楽がどのように聴覚を拡張していくのかといった問題について,探究を進めている。

以下に、我々がこのグループを創始するきっかけとなった音楽の「報酬」にまつわる議論を、音楽研究の学際的意義に触れつつ概説してみたい。

音楽と予測誤差

人間は誰しも「飽きる」という感情を持っています。どんなに好きな食べ物でも、何日も食べ続けるとさすがに飽きてしまって「たまには違うものを食べてみようかな」という気持ちになります。すると、食事を常に「心地よい」ものにするためには好きなものを適度な日数食べるのが賢いということになります。好物は、もちろん出来るだけいっぱい食べたい、でも食べすぎてもいけない。食事を作る側としては、この丁度いいところを狙って献立を考えていけば、相手に食事をずっと楽しんでもらえそうです。これはいわば「予測誤差を生み出し続ける」システムと言えます。たとえば相手の好きなものをしばらく献立に載せ続けたとします。このとき、相手は単に快を感じるだけでなく「次もいつもの好物がくるに違いない」と予測することでしょう。そこでこのシステムは、ときどき相手の予測を裏切る献立を出してくるわけです。これが「予測誤差」が生じる時点です。予測誤差を生み出し続ける限り、相手は飽きることなく食事を楽しんでくれるはずです。

 

これは食事に限った話ではありません。読書でもファッションでもなんでも、至るところで人間は「予測誤差」を楽しんでいるように見えます。音楽もその例外ではないでしょう。「音楽は聴覚的チーズケーキである」という立場(1を取るなら、音楽は人間の聴覚が喜ぶように作られたある種の装置だということになりますが、その装置が「予測誤差を生み出し続ける装置」(の一つ)として機能しているという可能性が科学研究により示唆されています。ここであえて「の一つ」という断りを入れているのは、その装置が絶対に音楽でなければいけなかった、ということでは必ずしもないからです。「チーズケーキ」が色んな方法で色んな味を生み出せるのと同様、予測誤差を生む装置も理論上色んなものが選択肢として考えられたはずです。別にどんな選択肢でもよかった、ただ音楽がたまたま人間に比較的容易に手に入れられるものだったから今日に至るまでずっと音楽が営まれてきた、そういう見方もできるわけです。いずれにせよ大事なのは、最近の研究により明らかになった、「音楽の聴者は一定の確率で予測を裏切られることで快楽を感じる」という事実です。

音楽報酬感

人間が音楽を聴いている時に感じる「快楽」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。筆者(司馬)は、ある音楽に対して強い快楽を感じると自然と鳥肌が立ちます。英語にもこの「鳥肌感」を形容するのに "chills" という言葉があるくらいなので、自分は「鳥肌感」が人間に普遍的なものだとずっと思い込んでいました。ところが、Sachs らの研究により、音楽を聴いて鳥肌が立つ経験をできるのは少数の人間に限られるということが示されました。(2)  この研究では、「鳥肌感」を経験できる人間は聴覚皮質と感覚処理機能とを接続する神経線維の密度が一般の人より高く、特殊な脳を持つとされています。一方で普通の人の脳では、神経と鳥肌がリンクしていないためこのような経験ができないというわけです。

ただ、「鳥肌感」とまでは行かなくても、次のような経験なら多くの人が身に覚えがあるのではないでしょうか。

 

             I sort of feel that my breathing is going with the song, my heart is beating slower and I'm feeling just more aware of

             the song ー both the emotions of the song and my body's response to it.

     なんだか呼吸が曲に同期しているような感じ、心臓の鼓動が遅くなるような感じで、曲にさらに集中していくという感覚

     がします。曲の感情も、それに対する自分の身体の反応も、ますます感じとれるようになるんです。

 

Sachs の友人である南カリフォルニア大学 Brain and Creativity Institute の Der Sarkissian は、Radiohead の "Nude" という楽曲を聴いている時の自分の感覚について、上のように述べました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Der Sarkissian が言うように、情動は身体反応と密接に関わっています。たとえば「頭に血がのぼる」とか言ったりしますが、激怒するときに頭にサーっと血が集まってくる感覚は多くの人が味わったことがあると思います。情動の身体反応を重視する説として一番有名なのは、「悲しいから泣くのではない、泣くから悲しいのだ」という言葉で有名なジェームズ=ランゲ説でしょう。これは情動に関する常識とは正反対のものです。常識からすると、身体反応は情動によって引き起こされるもの、と考える方が普通でしょう。まず怒りが生じ、それが血流の変化を引き起こすのです。ところが、ジェームズ=ランゲ説は、最初に身体反応が生じ、それが意識に現れたものが情動だと主張しました。この考えを支持するものとして、脳のホルモンレベルの変化などを含んだ広範囲の身体反応を調べたダマシオの情動研究(3) などがあります。情動が感じられているとき、感じられているものは実は身体状態なのかもしれない ーー「鳥肌感」も、感動したから鳥肌が立つのではなく、鳥肌が立ってはじめて「あっいま自分は感動してるんだ」と気づくケースがあってもおかしくありません。

 

「鳥肌感」あるいは「音楽報酬感」を感じているときに脳自体が特定の反応を示しているということも分かっています。こうした脳研究の先がけとなったのが Blood & Zatorre(2001) です。この論文は、心地よい音楽を聴いているときに腹側線条体、扁桃体、中脳といった報酬・感情に関わる部位の脳活動が増加していることを示しました。(5)  これらの部位は食事、性行為、ドラッグなどの報酬により活動することが知られており、こうした生得的に備わっている報酬感と音楽の鳥肌感が神経基盤を共有しているというのは大きな発見でした。食事などは刺激そのものが報酬となりますが、音楽はそうではありません。必ずしも全ての音楽が自分にとって「心地よい」音楽であるとは限りませんし、そもそも音楽に対して報酬感を感じない人もいます。それでも音楽が報酬になり得ることを示したという点で、この論文は衝撃的なものでした。

その後も研究は進み、音楽報酬感を感じている時に線条体でドーパミン(報酬系で働くことで有名な神経伝達物質)が分泌されていることが確認され、さらには鳥肌感を期待する時と鳥肌感を実際に感じている時とで活動する脳部位が異なるということも分かりました。(6後者の「期待フェーズ」と「体験フェーズ」で異なる神経メカニズムが存在するという発見は、我々がサビの前に感じる高揚感などの現象をうまく説明できるだけでなく、このあと述べる音楽における「予測」と「報酬」の関係という問題にも繋がっていくことになります。

音楽報酬感のモデル化

上記の「音楽がどのように報酬を引き起こすのか?」という研究と並行して、「どのような音楽が報酬を引き起こすのか?」という研究も最近盛んに行われています。前者が「なぜチーズケーキは美味しいのか」という研究なら、後者は言わば「どうやったらチーズケーキは美味しくなるのか」という研究です。ここで注目を集めているのは、やはり上述の Salimpoor et al.(2011) で示唆された「予測」の問題です。「予測」をいかに裏切るかが、音楽の「心地よさ」の鍵を握っているのではないか、と考えられています。ここでいう「予測の裏切り」とは冒頭で述べた「予測誤差」に他なりません。ここからは低次の予測誤差(Prediction Error;以下PEと略す)、つまり感覚処理的な予測誤差に話を絞ります。

 

もともとグルーヴ感をPEでモデル化しようという研究の流れはあり、これらの研究ではPEとグルーヴ感がなんとなく逆U字の関係にあるだろう(つまり予測が適度に外れることで人間は報酬感を覚えるだろう)と結論づけられていました。(7-9)   この結論を脳機能計測によりさらに強固なものにした論文が2019年に出ました。(10)  こちらより Video Abstract を見ていただくと、この Cheung et al.(2019) がきれいな脳画像付きで音楽報酬感のモデル化に成功した、大変意義深い研究であることが分かると思います。まず、コード進行の「ズレ」(surprise)「不確実性」 (uncertainty) の逆U字モデルにより音楽報酬感を予測できるといいます(Video Abstract の 2:36 のあたり)。特に、「不確実性が低い中での大きなズレ」 (王道なコード進行での外し)と「不確実性が高い中での少ないズレ」(ランダムなコード進行での王道な締め)が心地よいという結果が示されました。次に脳機能についてですが、扁桃体や海馬がズレと不確実性の相互作用に関連して活動している一方、これまで報酬に関係があると言われてきた側坐核は不確実性のみに関わっているという結果が報告されました(Video Abstract の 3:14 のあたり)。

音楽報酬感のモデル:IDyOM

Cheung et al. (2019) が用いた機械学習モデルは IDyOM(the information dynamics of music)モデル と呼ばれるもので、これは音楽単位や予測誤差などの認知を正確にモデル化したものとして近年注目を浴びています。IDyOM 研究の第一人者である Pearce 自身が述べているように、「確率予測」という単一のプロセスだけで音楽認知の多くの側面を説明できてしまうというのが IDyOM の凄いところです。近年の音楽研究において「予測」に強い興味が集まっているということを先に指摘しましたが、このように「予測」研究が大きく発展できたのは、実験的な脳機能イメージングだけでなく Pearce などによる計算モデルの開発が進んだからこそ、この両輪が揃ったからこそ、成し得たことなのだと思います。

Pearce は、人間が特定の音楽スタイルに馴染んでいく際の心理的プロセスについて、次の2つの仮説を提示しました。

 [1] PPHprobabilistic prediction hypothesis

    確率予測は、音楽認知の基盤となるプロセスである。

 [2] SLHstatistical learning hypothesis

      統計的学習が、特定の音楽スタイルの確率モデルを習得するメカニズムである。

確率予測を重視する立場(PPH)は先ほど説明したばかりですが、確率予測ができるためには統計的学習が必要であるということもPearceは指摘しているわけです。つまり、人間は脳内に「音楽のコーパス」のようなものを持っていて、そこにはこれまで聴いた全ての音楽の痕跡が残っており、かつ特定の音楽パターンを聴いた回数がそのまま頻度として反映されていると考えています。このような立場から、IDyOMはまず、特定のスタイルを持った音楽を大量に学習します。具体的には、特定のジャンルの西洋音楽を、long-term model(そのジャンルの音楽全体を学習)とshort-term model(そのジャンルに属する曲単体を学習)に分けて学習し、それらを最終的に統合して「確率」を計算します。算出された「確率」に対しては、情報理論分野でも有名な「意外性」(Shannon's surprise)「不確実性」(entropy)という2つのパラメータを設定します。long-term model は音楽の長期学習や文化的背景を、short-term model は一曲中での心的反応を反映できると考えられますが、我々の普段の音楽鑑賞もいかにもこの2つの相互作用でなされているので、説得力のあるモデル設計だと思います。そして IDyOM は、西洋音楽で見られるコード進行やメロディ進行のうち高頻度に現れるものほどしっかり記憶していることになります。これも「何回も聞いた曲は馴染み深く感じられる」という我々の直感に合致します。

 

実際に IDyOM が驚くほど正確に我々の音楽認知を説明できることが実験的に証明されています。Pearce(2018) は IDyOM が心理的な予測誤差を正確に記述できること、Quiroga-Martinez et al.(2019) は IDyOM が神経科学的な予測誤差を正確に記述できることを、それぞれ報告しました。(11,12)   このようにして実験的に裏付けられた IDyOM というモデルを、Cheung et al.(2019) が情動研究に対して適用したところ、見事「意外性」(≒「ズレ」)と「不確実性」で情動変化が説明できた、というのがこれまでの研究の流れになります。

IDyOM の限界

IDyOM のモデル設計の基盤には「音楽学習とは統計的学習である」という考え方がありました。つまり IDyOM による予測誤差の算出は、自分が学習した音楽のスタイルに完全に依存していることになります。逆に言えば、自分が学習していない音楽に対しては何も言えません。(IDyOMを人間の脳に見立てれば、こう言い換えることができます。たとえばミスチルの楽曲に習熟している人は、ミスチルの新曲を聴いても、メロディーの途中で次にどんな音が来そうかをなんとなく予測できるかもしれません。しかし初めてクラシック音楽を聴かされた人は、聴いている途中で曲の展開を予測することなどほとんど出来ないでしょう。)これまでの研究で IDyOM の有効性が示されたのは、「西洋音楽」を学習した場合、つまりコード進行やピッチの変化に関して決まったルールがあるーーそのため我々が比較的 "分かりやすい" と感じるーー音楽を学習した場合のみです。Pearce(2018) は、現行の IDyOM の限界として、よりポリフォニックな音楽や音楽記号を持たない文化の音楽、作曲と演奏の区別が曖昧な(ある意味即興的な)音楽、さらには(映像など)他のコミュニケーション様式と結びついている音楽については記述できない、ということを指摘しています。西洋音楽以外の音楽についても予測誤差や情動を正しく記述できなければ、普遍的な事実として「統計的学習に基づく確率的予測が音楽認知の基盤である」と主張することはできません。IDyOM の限界を見極めるということは、音楽の普遍性を見極めるということでもあります。IDyOM 研究は今後、「文化的に刷り込まれた能力」と「生得的に人間が持っている能力」の境界線がどこにあるかという問題(関連記事はこちらに対して何らかの示唆を与えてくれると思われます。

音楽と自由エネルギー原理

音楽の「予測」の研究において、実験的な脳神経イメージングと理論構築としての計算モデル化の緊密な連携が肝要であるということは、既に指摘しました。このように様々な分野の科学を融合させるという意味では、神経科学界隈でいま大変盛り上がりを見せている 自由エネルギー原理 も今後重要になってくるでしょう。自由エネルギー原理とは、Karl Fristonによって提唱された認識・行動についての適応理論で、簡単に言えば「脳は次に起こることを常に予測していて、予測と実際との誤差(=予測誤差)を最小化するように学習や推論を進める」という仮説に従っています。最新の研究ではこれを行動にまで広げて「行動も予測誤差を最小化するように選択する」という仮説を提唱しています。この枠組みでは、生物は、環境に適応する(予測モデルの構築)と同時に、学んだ環境モデルを維持しようと世界に能動的に働きかけることで、環境と情報論的な均衡を保つ存在として記述されます。現在、自由エネルギー原理をめぐって、認知神経科学、計算論的神経科学、情報科学、制御工学、哲学といったさまざまな分野の研究者によって学際的・分野融合的な議論が活発に行われています。自由エネルギー原理の入門としては、吉田正俊先生が作成されたこちらのスライドが分かりやすいと思います。

さて、今まで述べてきた音楽認知に関する議論は、自由エネルギー原理と軌を一にするものだと考えられます。実際、音楽研究の権威Stefan Koelsch が Karl Friston らと共に執筆したレビュー論文が 2019 年に出ており(9、これは音楽と自由エネルギー原理の接点を示した記念碑的な論文と言っていいと思います。音楽における「予測」は、まさに自由エネルギー原理が想定している「能動的な推論」(active inference)の一つです。具体的に言うと、active inferenceは「報酬を得たい」という気持ちと「探索したい」という気持ちがうまい具合にバランスを取って進んでいく(これを 探索と搾取のトレードオフ exploration-exploitation trade-off と言います)のですが、Cheung et al. (2019) により示された「音楽は(適度に)予想が裏切られることで心地よさを感じる」という事実は後者の「探索したい」という気持ちを仮定することで説明できる可能性があります。「報酬を得たい」と思う場合、報酬が得られる確実なルートを選びたくなるので、「予測が当たること」に価値を見出すことになります。一方で「探索したい」と思う場合は、自分が知らない情報を得ることにこそ意味があるので、「予測が外れること」に価値を見出すことになります。音楽も、この2つの価値のせめぎ合いの中で聴かれていると考えることができます。

Koelsch et al.(2019) は、音楽を聴いている際に予想外のことを知りたがる心的活動を「聴覚的サッケード」(auditory saccade)と呼び、眼球の微細運動(マイクロサッケード)との連続性を示唆しています。つまり、音楽の認知が、一般的な探索行動における認知活動と同じ原理を共有している可能性を示唆しているのです。たしかに、予測できないことを知りたがるのは音楽鑑賞に限った話ではありませんね。ここで思い出すのは、自分が幼い頃大好きだった野球観戦です。ジャイアンツファンだった自分は、毎日のようにテレビに張りついて熱心に応援していました。それである日、不思議な体験をします。その日の試合は中盤にして既にジャイアンツが圧勝していました。ジャイアンツファンの自分としては、これほど嬉しいことはないはずです。が、どうしたものか、その時の自分は複雑な気持ちでした。あれっ、なんか嬉しくない自分がいる。なぜだろう。これが子供ながらに不思議だったのを今でも覚えています。結局、スポーツ観戦も、刻一刻と試合展開の予測が変化していく「ドキドキ感」がないと楽しめないのだと思います。これも自由エネルギー原理の「探索の価値」により説明されるでしょう。

 

自分には、いま音楽研究の分野で自由エネルギー原理が注目されているのが当然に感じられます。というのは、音楽ほど「予測誤差を生み出し続ける」便利なシステムはないからです。Koelsch et al.(2019) の言うように音楽の認知がその他の脳の予測活動と同じ基盤を共有しているのであれば、将来的には音楽研究が神経科学を引っぱっていくということになってもおかしくありません。「脳の働きから音楽を理解する」のではなく「音楽から脳の働きを理解する」というわけです。

自由エネルギー原理は今はまだ理論レベルで止まっていますが、数年後には強化学習(機械学習の一分野)にもどんどん取り入れられることになるでしょう。従来の強化学習は「報酬」をもとに学習するというものでしたが、これからは探索を自ら試みる「好奇心」(curiosity)のようなパラメータを導入していく必要があると思います。実際、外在的な報酬を一切与えず、curiosityという内的な報酬のみを用いて、マリオなどのゲームが解けたという研究もすでに登場しています。(13)

 

active inferenceという考え方は、言葉を変えれば「人間の認知プロセスは、ボトムアップの受動的な処理のみならず、トップダウンの能動的な作用も入り込んだものである」という風にも言えます。こうしたボトムアップ処理とトップダウン処理の密接な相互作用を、絵画の領域について詳述している本に Eric R. Kandel(著)Reductionism in Art and Brain Science: Bridging the Two Cultures があります。現在AMSSのプロジェクトとしてこの本の輪読会こちらが進行中です。

音楽と言語

初期の音楽研究は、言語学に大きな影響を受けています。音楽研究の走りとなった GTTM という理論は、Chomsky に始まる言語学の一派「生成文法」に着想を得て作られたものです。しかしその後、生成文法への批判から「認知言語学」という新たな言語学の流派がLangacker により創始されることになります。筆者(司馬)は認知言語学側の人間なので、自分が音楽解析の勉強を始めたばかりの頃は、日本の音楽研究が GTTM など生成文法的な手法を用いた研究ばかりであることに不満を感じていました。もちろん音楽研究と言語研究が同じ基盤を持っている必要など全くないのですが、ただ、認知言語学寄りの視点をもった人が音楽研究に携わればもっと色んなことが分かってくるのではないかと思っていたわけです。そういう中での IDyOM 研究との出会いというのは、本当に衝撃的なものでした。IDyOM の考え方が、認知言語学の考える言語習得のプロセスと重なる部分が大きかったからです。認知言語学が想定するプロセスは、(a)言語に限らず領域横断的に見られる、(b)後天的かつ(c)余剰的で(d)ボトムアップ型の認知プロセスである という四点において、生成文法の想定する(a')言語固有の(b')先天的で(c')無駄のない(d')トップダウン型の言語獲得システム と対立します。一方 IDyOM による音楽学習は、その根本にある2つの仮説 PPH・SLH を考慮すれば(b)後天的で(d)ボトムアップ型のプロセスを想定していると言うことができ、認知言語学の方に近いということになります。(なお、ここで言及しているのは IDyOM の「学習」であることに注意されたい。IDyOM を用いて音楽報酬感などを研究するとなると、もちろんトップダウン処理の影響も考慮しなければいけなくなる。それは言語の方にも言えることで、認知言語学は言語「習得」がボトムアップ型プロセスであるとは主張しているが、たとえば他人の発言の意味を解釈するときにトップダウン型の処理が介入してくるというのはまた別の問題である。)IDyOM の中に大量に蓄積された「音楽のコーパス」は、認知言語学者 Taylor が言うところの言語の「メンタル・コーパス」(14)  とも並行して理解することができます。最近の IDyOM 研究の流行を見ると、近年の音楽研究の遷移は、生成文法から認知言語学へと至る言語研究の歴史とかなり似ていると言えるのではないでしょうか。この一致が必然なのか偶然なのかは分かりません。ただ、言語と音楽の接点を探るべく、最後に両者の関係について少し触れておきたいと思います。

音楽と言語がどのように関係しているのかという問題は、実は随分前から様々な議論が交わされてきました。音楽と言語は共に人間特有のコミュニケーション形態であることから、両者に根本的に何らかの共通点があるのではないかと考えるのは至極当然な発想でしょう。実際、両者の類似点を探る科学的な試みはこれまでにも数多くなされています。特に注目すべきは、音楽が言語の文法構造に似たものを有しているように見えるという点です。たとえば、1983年に音楽学者 Fred Lerdahl と言語学者 Ray Jackendoff により初めて提唱された「生成音楽理論」(GTTM; Generative Theory of Tonal Music)(15)  は無意識下での音楽認知の構造的基盤を解明しようとしたものですが、この理論が仮定する音楽の"木構造"は、既に言語学(の中でも生成文法)の領域において構文のなかにその存在が立証されていました。また神経科学分野の研究者の中には、音楽構造の処理に関わる脳の領域が、言葉の統語構造を処理する領域と似通っていると指摘する人もいます。(16)
 

このような背景から、我々は言語学の知見も利用しつつ、なぜある種の音楽(具体的には、特定のメロディー・ピッチ・リズムなど)が人間にとって心地よく感じられたり感じられなかったりするのか、その仕組みを実験的に解明することを目指しています。先述のように、GTTMをはじめとする従来の音楽理論は言語学の中でも特に「生成文法」を基盤としたものが多いわけですが、我々はここ数十年で台頭してきている「認知言語学」の見方を音楽の解析に援用する可能性にも注目しています。

認知言語学はこれまで、人間がもつ一般的な認知能力が言語に反映されている有り様を描き出してきました(上記(a)に相当)。その一例として「図地反転」を挙げます。

ゲシュタルト心理学は、人間が視覚情報を処理する際に、認知的際立ちを持つ「図」と認知的際立ちを持たない「地」への分化を行う傾向があることを明らかにしました。その有名な例が「ルビンの壺」(17)  です。

図1 ルビンの壺

ルビンの壺.png

図1 を二人の顔と見る場合には、黒い部分が「図」、白い部分が「地」となります。逆に壺と見る場合には、黒い部分が「図」、白い部分が「地」となります。どちらも十分に可能な見方で、同じ人間でもこの二つの見方を自由に行き来することができます。これが「図地反転」と呼ばれる現象です。

そして、このような認知現象が言語の領域においても起こりうることを認知言語学は指摘しています。

  (a) 太郎は花子の右にいる。
  (b) 花子は太郎の左にいる。

この(a)(b)は同じ状況を二通りに表現したものですが、日本語母語話者であれば、(a)(b)間の言い換えにはまったく困らないでしょう。(a)においては太郎が「図」となり焦点化され、「地」にまわった花子は際立ちのない背景の役割を担っています。逆に(b)では太郎が「地」となり、花子は「図」となっています。


英語においても同様の現象が観察されます。


 (a)  [...] you will find me cruel, exacting, dogmatic, brutal, even from your point of view, as well as inspiring.

         The regimen of true eroticism is strenuous.                                                                                   

                                                                                             (John Hawked, Virginie: Her Two Lives
         貴女は私という人間を、霊感の源と思って下さることもあれば、残酷で、容赦ない、独善的で、野蛮な、

         貴女からご覧になっても常軌を逸した人間だと思われることもあるでしょう。真のエロティシズムに至る道

         は誠に険しいのです。

                                                                                                 (柴田元幸『生半可版 英米小説演習』)

   (b) According to Firth, then, fashionable words in the 1930s included plan and its derivatives as well as

        compounds in -minded. While plan is still very much with us, the expressions air-minded and traffic-

        minded are definitely not. For a modern reader, beacon-minded is virtually uninterpretable.

                                  (John R. Taylor, The Mental Corpus: How Language is Represented in the Mind
        Firthによると、1930年代に流行した語には、plan とその派生語に加えて -minded の複合語が含まれてい

       ることになる。plan は現代でも非常によく使われるが、air-minded と traffic-minded という表現は決して

       そうではない。現代の読者にとっては、beacon-minded はほぼ解釈不可能である。


(a)は The regimen of true eroticism is strenuous. が続くことから、inspiringが「地」、cruel, exacting, dogmatic, brutalが「図」であると考えられます。逆に(b)は、そもそも抜粋した一節が X-minded に関する事例研究の一部であり、この一節に後続する部分が全て X-minded についての記述になっていることを考えても、plan and its derivatives が「地」、compounds in

-minded が「図」であると考えられます。このように、as well as の前後の情報のどちらに比重が置かれるのかに関して「図地反転」が起こっていることが見て取れます。

ここまで言語以外の領域における認知能力が言語に反映されている例を見てきましたが、このように言語と他領域の接点を探ろうとする認知言語学的なアプローチは、言語と音楽の共通性を探る我々の試みにも当然有利に働くと考えられます。実際、音楽との関連も深いと考えられる音韻論の分野では、認知言語学の立場(特に後天的なインプットを重要視する見方)と一致する研究結果が既に数多く報告されています。(18,19)

我々はまた、音楽を聴くことに関わる認知能力を言語発達の問題(例:子供の発語障害)に応用するなど、社会実装の実現も視野に入れています。やはり音韻論の分野では、乳児や幼児の言語習得が認知言語学で十分説明できることが示されており(20, 21、もし音楽認知と言語習得の間に共通点があるとしたら、音楽的な刺激により乳幼児の言語習得が促進される可能性を模索することもできます。この点に関しては音楽療法の世界で盛んに臨床研究が行われており、その歴史は、メロディーやリズムを用いた言語療法(Melodic Intonation Therapy; MIT)を自閉症の発語トレーニングに用いた研究(22) など古くに遡りますが、現時点ではまだ十分なエビデンスは確立していません。我々は、音楽の認知機構を解明していく中で、より効果が望める研究モデルを音楽療法に提案することができると考えています。

 

 


文責:司馬 康(東京大学医学部)

 

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